スタッフブログ
鎌倉唯一の尼寺【英勝寺】
GW前半。
鎌倉にぷらりと行って来ました。
子連れなもんで・・・
人力車に乗らせて頂きました。
(いつもえびす屋さんにお世話になっています)
この日は人通りも少ない
英勝寺
を案内してもらいました。
竹林・白藤。。。
四季のお花が綺麗に見れる場所としても有名みたいです。
【英勝寺】 (鎌倉 風の旅から引用させて頂きました)
お寺の由来や歴史も知るとより面白さが出ますよね。
仏殿の軒を飾るのが十二支の彫刻。
自分の干支を探すのも面白いですよね。
扉の下に『蝉』の金具が付いていたり・・・
隅々まで見ると発見が沢山!
竹のエネルギーと新緑に癒されました♪
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この日は人通りも少ない
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を案内してもらいました。
竹林・白藤。。。
四季のお花が綺麗に見れる場所としても有名みたいです。
【英勝寺】 (鎌倉 風の旅から引用させて頂きました)
徳川家康が才智を愛した側室に始まるお寺
室町時代、江戸城の築城にあたった武将、太田道灌の曾孫、
太田資宗(すけむね/初名は康宗)にお八という娘がいました。
お八は聡明で美しかったため、徳川家康に気に入られて側室となり、
お梶と呼ばれ、関ヶ原の戦いには男装して同行。
勝利を得たことから、お勝と呼ばれるようになりました。
お勝は家康との間に女の子を産みましたが、
幼くして亡くなったため、嘆き悲しみました。
それを見た家康は、お勝を家康の十一男、頼房の養母とさせました。
頼房はのちに水戸徳川家の祖となります。
家康の死後、お勝は出家して、名を英勝院と改めました。
そして、徳川家光から、先祖の太田道灌の屋敷があった場所をもらい、
お寺を建てて晩年を送りました。それが英勝寺です。
英勝寺には、代々水戸徳川家の姫君が尼として入り、
現在では鎌倉唯一の尼寺となっています。
お寺の由来や歴史も知るとより面白さが出ますよね。
仏殿の軒を飾るのが十二支の彫刻。
自分の干支を探すのも面白いですよね。
扉の下に『蝉』の金具が付いていたり・・・
隅々まで見ると発見が沢山!
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